驍宗が消えたとき何があったのか、時系列順にまとめ(白銀の墟 玄の月1巻3章までの時点)

1巻3章には、驍宗が消えた時の様子について長い描写がありますが、登場人物も多くはっきり言って頭がこんがらがってきます。

驍宗が消えた時の各自の動きについて、時系列順に簡単にまとめます。

ネタバレになりますので、未読の方はご注意ください。

目次

驍宗失踪前後の各軍・将軍と阿選の動き

弘始元年暮れ 土匪が県正(県の長)を殺害して古伯を占拠、文州州師が古伯に赴くも土匪を排除できず
この頃、泰麒・阿選らは漣国を訪問中
弘始2年初め 国に「文州に騒乱」との報
驍宗、即座に王氏の派兵を決定、翌日から禁軍一軍(英章軍)が文州へと出陣
半月後、英章軍が文州琳宇に到着
英章、三師で古伯を包囲
古伯近隣3か所で土匪が暴動
弘始2年2月頃? 古伯から土匪を排除、包囲から半月足らずで古伯を開放
次々と暴動がおこり、鎮圧しきれない。戦況が拡大し、「謀反なのでは」という疑念がわく
瑞州師の霜元軍が派遣される。
驍宗が禁軍右軍(阿選軍)の一部を率いて出征
弘始2年3月始め 霜元、驍宗が項梁軍陣営のある琳宇に到着、翌日、英章軍、驍宗軍、霜元軍の順で豊沢へ向けて出発
出発して2日目の夜、驍宗が霜元を訪ねて手勢を借りる
出発して3日目、軍先頭で土匪の急襲を受ける、伝令を驍宗に向かわせたところ、驍宗が行方不明であることが発覚
驍宗の捜索開始
翌日、驍宗の乗騎・計都が単独で戻る
英章らは大規模な驍宗捜索を続ける
白圭宮(戴国の王宮)にて蝕、泰麒行方不明の報が入る
霜元、状況説明のため鴻基(王都)へ戻る
驍宗が率いていた阿選軍が師帥の品堅に率いられて鴻基へ戻る
鴻基(王都)より、白雉末声の報が入る
弘始2年5月 鴻基から臥信軍が派兵、土匪の掃討が行われる
文州の騒乱が一応決着
承州でも謀反が起こる
李斎、上州へ派遣される
霜元、軍の半数を率いて文州から承州へ向かうよう指示される
臥信軍、半数を文州へ残して鴻基へ帰還命令が出る
弘始2年6月 李斎が承州へ向かう途中、阿選による白雉末声の捏造を目撃した二声氏が李斎の元へ逃げ込んでくる
李斎、「阿選謀反・白雉は落ちていない旨」の報を文州と鴻基へ流す
直後、李斎は身柄を拘束される 。のちに脱走する。
鴻基から「李斎謀反」の報が文州へ届く
臥信軍、半数を文州へ残して鴻基へ帰還命令が出る
承州へ移動中の霜元へ、李斎を討つよう命令が下る
文州の英章へ、李斎を討つよう命令が下る
英章軍、文州にいた霜元軍と臥信軍が文州で離散
霜元と率いていた軍は承州で姿を消す
鴻基へ戻った臥信とその軍勢、 鴻基にて姿を消す

驍宗失踪時のできごと まとめ(白銀の墟 玄の月1巻3章の時点)

散らばった記述をもとに、できるだけ誤りのないようまとめたつもりですが、煩雑すぎてよくわからず・・・です。

「白銀の墟 玄の月」1巻3章までの時点で、驍宗失踪の前後の情報です。

参考記事

白銀の墟 玄の月」1巻の登場人物、行動メモを作りました。

 白銀の墟 玄の月 第1巻 登場人物紹介と行動メモ【ネタバレあり】

驍宗失踪の謎がこの物語の中では非常に大きなポイントのため、ところどころで言及がありますがざっと読んだだけでは全く覚えていられないため、上記の時系列表が役に立てばなと思います。

驍宗失踪時、本当は何があったのかは、物語の後半で明らかになるので、それはまだ別にまとめます。

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なつめ
2人の男児を育てながら、都内某所でフルタイム勤務中のワーママ。
子供達と日常を楽しく過ごしながら、おもちゃ、子どもイベント、小説などの情報を発信中
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