雑文

【3000文字チャレンジ】まちだはまちだ(東京・神奈川領土問題)

※この記事は、3000文字チャレンジという企画参加用のものです。ほかの通常の記事とは全く異なり、以下、特にためにならないだらだらとした文章が延々と続きます。ご承知おきください

まちだはまちだ(東京・神奈川領土問題)

町田、という街をご存じだろうか。東京都のいわゆる都下の地域の南部、というか下の、神奈川県に向かって何やらはみ出ている部分が「町田市」である。

私は何度か引っ越ししているが、学生時代の一時期、町田に住んでいたことがある。その後また離れてしまったが、特に高校時代の濃い記憶とともに刻み付けられた町田に、自分でも不思議なほど思い入れがある。

町田はれっきとした「東京都」であるが、実は昔は本当に神奈川県だった時代もある。

そのせいかどうかは知らないけれど、「町田は神奈川」問題は根深く、そして延々と続いているネタでもある。当時も、今も、町田神奈川論争は、局地的には常にくすぶっている。嘘だと思ったらググってみてほしい。「町田 神奈川」とでも入れれば、あっさり出てくるはずである。

しかし町田はれっきとした東京都であり、「実は神奈川」でもなければ「神奈川県の植民地」でもない。ということは強く主張しておく。

町田市は東京都。はみ出ていようが、バスは神奈中だろうが、中心地である町田駅のすぐ裏がもう神奈川であろうが、関係ない。神奈川県町田市と書いても郵便物は間違いなく届くが、それはやさしい郵便局員の配慮である。

実は隣の相模原市がまさかの「政令指定都市」なった時の衝撃と言ったらなかった。相模原市は近隣の自治体とすごい大合併をして、政令指定都市へと進化してしまった。

しかしその時も町田市は思ったのだ。町田は東京!だから政令指定都市化はあり得ない!だから悔しくなんかない!それにしても、あのやたらめったらな大合併はいかがなものか。これだから神奈川は…(自主規制)

 

ところでそんな町田は、一種独特な雰囲気を持つ町である。

東京都の各自治体の人口ランキングを見ると、世田谷、練馬などと名だたる23区勢が上位を占める中、都下のトップは八王子市、次は町田市である。東京都の中では11位。

八王子市に比べれば面積は狭いため、人口密度的には八王子より多い。結構人が住んでいる街、それが町田市である。

当然、東京都の都下の地域、多摩地区を代表する市である。町田市の主要駅である「町田駅」は横浜線と小田急線が通っており、横浜、八王子、小田原、江ノ島、新宿へとつながっている。

それだけ交通の便があれば、こんな都下の町、みんな新宿や横浜へと出かけていくのではないかと思うかもしれないが、町田は違う。町田は町田で完結する。町田市民はおおむね町田が大好きである(個人的調査)。

町田駅周辺には駅ビルやデパート、大型書店に家電量販店やドラッグストアや飲食店、飲み屋、ゲーセン、パチンコ、ボーリング場、スポーツジムなどなどなど、基本的にはすべてがそろう。残念ながら映画館がない。町田駅周辺にかけているのはそれくらいである。

都下だ、郊外だなどと侮ることなかれ。町田は非常に魅力的な街である。元町田市民として、愛する町田について、とにかくそう、強く強く伝えておきたい。

町田は東京だとか神奈川だとかそんな不毛な論争が気になって仕方がないが、ここはひとつあえて言おう!まちだはまちだ!それ以上でも以下でもないのだ!

っと、強く考えた人がいるのだろう。小田急線の窓から見えるビルに「まちだはまちだ」なる垂幕が堂々掲げられていた(今もあるかは謎)

嘘だと思ったらググってみてほしい。なんとも言えない字で、何とも言えない主張をしている垂幕画像が見つかるはずである。

 

そんな町田をモデルにした小説がある。その小説を原作にしたドラマ、映画が結構ヒットしたので、もしかしたらそちらの方が知名度が高いかもしれない。

三浦しをんの「まほろ駅前多田便利軒」「まほろ駅前番外地」「まほろ駅前狂騒曲」って、聞いたことないだろうか。この「まほろ」はもろに町田をモデルにしている。

ドラマと映画は、主演が瑛多と松田龍平という、かなりの濃い、インパクトあるキャスティングで、全国的にも人気が出た、はずである。というのも当時町田は、街をあげてかなり浮かれてしまったため、冷静な評価はできないのである。

 

そんな、私の学生時代の思い出の街、町田。当然、高校生は町田駅周辺で遊ぶ。通っていた高校が校則なんてあったっけ?みたいに緩い学校だったため、放課後町田に直行、なんて日常茶飯事である。

ところで、私の学生時代といえば実ははるか昔で、なんと、携帯などと言うものは高校生の持ち物には存在していなかった。当時主流だったのがポケベル。それでも持っている人と持っていない人は半々くらいであり、事実私は持っていなかった。さらに進んだ子はPHSというすごいものを持っていたが、それもクラスに数人。

このような状態だと、まだ、待ち合わせ、というものはスリリングな時代だった。

今や「待ち合わせ」はもう絶滅寸前かもしれない。「待ち合わせですれ違う」なんてことはほとんどないだろう。

ちょっと電話なりラインなりで「今どこ?」といえばいいだけの話。しかし当時は待ち合わせは重要なイベントであった。

自然、「いつもの待ち合わせスポット」なるものも、発生する。とにかくわかりやすく見通しがきく場所で、何やらかなりの人が待ち合わせをしている有名スポット。

そんな待ち合わせ場所は町田駅周辺にもいくつかあったが、そのうちの一つに、「横浜線の前のぐるぐる」というのがあった。というか、今もある、はずである。

 

町田駅は横浜線と小田急線が通っているが、ふたつは物理的には接続しておらず、通路のような橋のような広場のようなところを通って乗り換えなりなんなりをする。こういうものを、いわゆる「ペデストリアンデッキ」というというのは、ずいぶん後になって学んだ。

この通路のような橋のような広場のような何か、の名前が高校生だった当時よくわからなくて私たちは単に「連絡通路」とか「橋」とか「広場」とか言っていた。その、「通路から続く、横浜線の駅前広場のような場所」に謎のオブジェがあるのである。

なんというか太いまがった針金のような…くねくねした環のような形の銀色のオブジェがぐるぐる回る、という謎の芸術作品である。名称も不明だったため「ぐるぐる」と呼んでいた。

「横浜線の前の橋っていうか広場のぐるぐるの前」は私たちの思い出の待ち合わせ場所だった。

正式名称はよくわからない。「ぐるぐる」は数多くの異名を持っており、さわやかに「オブジェ」とか「モニュメント」とか、見た目そのまま「回る針金」とか・・・

名前はなかったのだ。実際はあったのかもしれないが、少なくとも高校生の間には浸透していなかった。

あの場所は橋の上のぐるぐる。駅前広場のぐるぐる。それでよかった。それでよかったのに・・・

 

数年前にはなるが、久々に町田を訪れたとき、私はあの広場に正式な名前がついたことを知った。「ぐるぐる」を囲む柵に、何やら緑色の看板のようなものがついているのに気づいたのだ。

ついに、というか、ようやく、というか。まぁ、名前がなければ不便だよなあ、と、一抹の淋しさをもてあそびながら、ぐるぐるに近づく。

どれ、なんていう名前になったのかな、と思えばそこに書いてあったのは

「まほろデッキ」

 

はぁ?!っておもったよね、思わない?なんで?なんでまほろデッキ?

まほろは架空の町の名前だろうが!!!!

よりにもよってこの、町田を代表する待ち合わせスポット「ぐるぐる前」をだよ。

なんっで架空の町の名前を付けるかなぁ?!

せめて「まちだデッキ」とつけろ。いやなんかダサいが。ダサいがそれならまだいい。

「まちだはまちだ」なんじゃなかったのか?垂幕で主張したあの思いは何だったんだ?

たしかに、「まほろ町」の小説やドラマがはやった時は嬉しかったよ。ここが映画の中のあのシーンのロケ地♪なんていって、むやみに背景を凝視したりしてたよ。だけどね、それとこれとは違うんだよ!

アイデンティティはどうした?町田の、町田としてのアイデンティティはさー?!

三浦しをんだってさぁ、町田が好きであの小説書いたと思うんだよね。町田に、まほろ町になってほしいなんて思ってなかったと思うんだよね?!そのあたりのこととかさぁ、ちゃんと考えた?

ヒットしたから、知名度あるから、じゃぁ「まほろデッキ」ってことで~とか、そんなのりで決めたんじゃないだろうな?

 

 

っということを、数年にわたり誰かに力強く言いたい思いでいっぱいだったので、ちょうどいいのでここに書き留めておきます。

町田は神奈川県ではありません。

町田は町田です。

町田はまほろ町ではありません。

おまけ 三浦しをんの「まほろ町シリーズ」

以下、本文に出てきました小説やドラマなどの情報を貼っておきます。なお、著者の三浦しをん氏は学生時代、町田の古本屋でバイトしていたという結構な町田びいきです。

文庫本

DVD