雑文

【3000文字チャレンジ】トミーとふたりの赤ちゃん

※この記事は、3000文字チャレンジという企画参加用のものです。ほかの通常の記事とは全く異なり、以下、だらだらとした文章が延々と続きます。ご承知おきください。

 

トミー、トミー、と遠くで呼ばれた声に目を覚ました。

しまった、またうとうとしてしまった。お母さんが呼んでる。

「トミー、あなたこんなところにいたの?また寝てたの?」

足音とともに姿を現したお母さんの声に僕は小首を傾げ、お母さんを見上げる。

「もうすぐあの子たちがきちゃいますからね、片付けないと」

あの子たち…

寝起きのぼやけた頭で考える。誰か来るんだっけ…
ああそうか、お姉さん!そうだった!今日はお姉さんが返ってくるんだ!

僕はうれしくなって、その場でくるくる2回まわった。

あの子たちって言った!あの子たちって!お姉さんと、お姉さんの子供達も一緒にくるんだ!

僕はうっとりと思い出す。この家に、赤ちゃんがいた時のこと。小さな小さな赤ちゃんが、この家にいたことが2回ある。

 

「さぁ!あの子たちが来る前に片付けないと!忙しい、忙しい!」

お姉さんが来るとなるといつもやたら張り切るお母さんが、大量の洗濯物を抱えてまたやってきた。

お母さん…忙しそうだぁ。僕も何か、手伝えればいいんだけど…

何もすることがなくて、僕はお母さんの邪魔にならないようにそっと部屋の隅にどいた…けど、なにこれ!くさっ!くさぁ!!!

大量に部屋干しされていく洗濯物。そこから漂う、過剰にフローラルな濃厚な香り。

お母さんが!また柔軟剤を変えた!しかもまた入れすぎだ!!

僕は半ば悶絶しながら、立ち込める柔軟剤のにおいから少しでも逃れようとうろうろしたけれど、濃密すぎるフローラルな香りから逃れられる場所なんてなかった。

くっさぁ!!!

お母さんの鼻は、どうかしてるんじゃなかろうか。なんでこのにおいの中で平気で生きていられるんだ!よくわからない!よくわからないな人間は!!!

ここ最近の柔軟剤は常軌を逸している、と僕は常々思っている。あんなもの、犬の鼻には刺激臭でしかないって、なんでわかってくれないんだろう…

うぅぅ、くらくらする。。違う部屋に行こう…

僕は頭も鼻も痛くなってきて、ふらふらしながら部屋を出た。どこか安全な場所で休まなければ。

お姉さんが返ってくる前に、体調を元に戻さなくっちゃ!!

あぁ。本当にお母さんはどうかしているよ。
いい匂いってのはね、本当にいい匂いってのを、僕はちゃんと知っているんだぞ。

僕はまた、思い出してうっとりする。

赤ちゃんがこの家にいたとき。まだ小さな小さな赤ちゃんがこの部屋にいた時のにおいは、本当に最高だったなぁ。
赤ちゃんはいい匂いだ。甘くってかわいくって。

僕は赤ちゃんのにおいが大好きだ。

 

お姉さんはこの家の長女だ。この家には昔子供が2人いた、らしい。でも僕がこの家に来た時にはもう、お母さんとお父さんしかいなかった。お兄さんもお姉さんも、もう結婚して家から出てしまってた。

僕がこの家に来ることになったとき、お姉さんはいそいそと実家にやってきた。お姉さんは犬好きで、子犬が来ると聞いたらいてもたってもいられなくなって、やってきたらしい。

そのとき、お姉さんのお腹はまるまるだった。もうすぐ生まれる1番目の赤ちゃんが、お腹にいたんだ。

この家に来たばかりの僕をひとしきり撫で回して、お姉さんは自分の家に帰った行ったけど、しばらくしたらまたやってきた。

そのときはもうお姉さんのお腹はまるまるじゃなくなっていて、なんと!小さな小さな赤ちゃんが一緒だった!

それからお姉さんと赤ちゃんもいる生活が始まった。僕は赤ちゃんのそばにはあんまり近寄らせてもらえなかったけれど、ふわふわやってくる、あま〜い感じのにおいにうっとりしていた。

たまに近くに行かせてもらって覗き込んだ赤ちゃんは小さくて小さくて、まだ子供だったぼくはついペロってしたら怒られた。

ざんねん…でもいいや!赤ちゃんの近くにいるだけでこんなにいい匂いなんだもの。僕は、くるくるっと回って、お姉さんが僕を見て笑っていた。

 

2度目に赤ちゃんがやってきたのはそれから数年後。1番目の赤ちゃんによく似てた。

僕もだいぶ大人になっていて、カッコつけてそんなにはしゃいだりはしなかったけど、でも内心やっぱりうっとりしていた。

やっぱり赤ちゃんはいい。赤ちゃんが来ると、家の中が甘くていい匂いになるんだぁ~。

僕は2番目の赤ちゃんを驚かせたりしないように、ちょっと遠くで見守っていた。大事な大事な赤ちゃんだからね!

 

 

「ただいまー。久しぶりー、トミー。元気だった?」

ついにお姉さんがやってきた。2人のもと赤ちゃんも一緒。

2人の赤ちゃんはすっかり大きくなってしまって、もうあのうっとりするような甘いにおいはしなくなったけれど、大きくなったふたりと僕はたくさん遊べるようになった。

お姉さんは忙しくてあんまりこの家に来られないけれど、たまに来るときは2人のもと赤ちゃんが一緒で、家の中は一気ににぎやかになる。

「トミー!」
「とみー!」

すっかりやんちゃになってしまった2人にもみくちゃにされる僕。うーん、なんだろ、砂っぽい匂い。子供ってなんだか砂っぽいにおいがするんだなぁ!

僕は歓迎のしるしに、くるくるっと2回まわる。それから1番目のもと赤ちゃんのほうをペロッとひと舐めしてやった。

「うひゃぁ!トミーに舐められた―!」

えへへ~もう怒られないもんねー。僕は得意になって、わぅ、と小さく言ってやった。

 

赤ちゃんがいつも寝ていた部屋に荷物を運びこんでいたお姉さんが、なにやらちょっと怪訝な顔をした。昼間、お母さんが張り切ってしまくった洗濯物が、外から取り込まれてそこら中に干してある。

お姉さんはおもむろに干してあるバスタオルを手に取ると、バサバサっと振った。

立ち込める濃厚なフローラルな香り。うぅぅ、息苦しい…やっぱり慣れないなぁ

 

「ねぇトミー。お母さんさー、また柔軟剤入れすぎてない?」

お姉さん!お姉さん分かるの?人間なのに?

「あの人さー、新しいの出るとすぐ試すからねー…最近の柔軟剤はちょっと香りがきついよねー」

そう!そうなんだよ!その通りだよお姉さん!それ、それお母さんに言って?僕が訴えてもちっとも伝わらないんだよ。

ばさばさと乾いた洗濯物を振りながら、柔軟剤の香りを確認しているお姉さんに、なんとか僕の気持ちを伝えようとそばににじり寄る。

「なに?どした?んー?トミーはいつまでも甘えんぼさんだなぁ」

お姉さんは何か勘違いしているようだけど、僕をなでなでしようとかがみこんでくれたので、僕もうっかりうれしくなって、お姉さんの鼻のあたりをぺろっとしようと顔を近づけやところ、ずざざっと音がしそうな勢いでお姉さんがのけぞった。

え…、なに?なに?

「……い…」

え?

「くさい!トミー、くさい!ちょー犬くさい!!!」

え、え、えーーー?!!!

「お母さん!お母さん!トミーすごいくさいよ!この子いつ洗ったの!?」

くさい…ぼ、僕が??

明日、シャンプーの予定~、という、呑気な遠い声が聞こえてくる。

「いつから洗ってないの?!」

「そんなに前じゃないわよー、でも今ほら、寒いからー」

なに?何がくさいの?と聞きつけたもと赤ちゃんのふたりが駆け寄ってくる。

「トミーがねー、シャンプー前だから犬くさいのよー」

「えー?ほんとに?ほんとだ!!トミーくさい!!」

「くちゃい!」

ひどい、ひどい、みんなして…

犬くさいってなんだよ!僕、犬だしさ!

シャワーだって、ちゃんと、やってるもん!嫌いだけどちゃんとやってるのに!!

 

こんな、こんな過剰なフローラルな香りに耐えられる人間の鼻はみんなおかしいんだ!僕がくさいんじゃない!きっとみんながおかしいんだー!!!

 

僕はすっかりしょげ返り、部屋の隅の隅のほうで丸くなった。

こんなひどい気分のまま、明日は大嫌いなシャンプーをされるなんてあんまりだ、と思ってふてくされていたら、2番目のもと赤ちゃんがぽてぽてやってきて、僕にギューッとしがみついた。それで、

「とみー、くちゃい!とみー、だいすき!」

 

もーーー…なんてかわいいんだ!!!

僕の大好きだった2人の赤ちゃんはどんどん育ってしまって、僕より小さかったはずなのにもう僕よりずーっと大きくなって、もう全然赤ちゃんじゃなくなってしまった。

甘くって柔らかくてうっとりするような赤ちゃんのにおいもなくなって、なんだか砂っぽいにおいがするんだけど。

僕は、ぎゅーっとしてくれた手の甲を、こっそりそっと、ペロッとした。

2番目のもと赤ちゃんがきゃぁ~と高い声で笑って、僕はぐえってちょっと首がしまったけど、明日のシャワーは、何とか頑張ろうと思った。

きれいになったらまた、2人がぎゅってしてくれるかな~って、思ったらなんだかうれしくなって、僕はくるくるっと2回まわった。

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