ぼくは落ち着きがない(長嶋有)あらすじと感想

ぼくは落ち着きがない あらすじ

桜が丘高校には部活としての「図書部」がある。図書室の端っこのスペースをベニヤで区切っただけの細長く狭い部室に、図書部員の望美は朝も昼も放課後も通う。そこには不機嫌な頼子や、柔道部と掛け持ちの浩治や、先輩と呼ばれる後輩など…ちょっと個性的な部員が集まっている。

特別な事件など何も起きない、ゆるゆるとした毎日は、でも決して止まらずにするすると流れていく。

そんな、何も起こらない、特別な日々を描く学園小説

ぼくは落ち着きがない 感想:高校生の何気ない日常の描写を楽しむ作品

長嶋有氏といえば「サイドカーに犬」でデビュー、「猛スピードで母は」で芥川賞受賞というのが一番有名な情報でしょうか。

私はそのほかには「タンノイのエジンバラ」と、本書「ぼくは落ち着きがない」を読んだ記憶があります。すべて2000年代の作品なので、そのころ私はこの長嶋有という作者を読んでいたんだなぁという思い出です。

今回、この記事を書くにあたり、「ぼくは落ち着きがない」を読み返しました。

連載されたのは2007年ごろ、ということで、作中に出てくる携帯やウォークマンといったものについては、やや古さを感じます。スマホはまだ普及していないので、ガラケーでした。

機種変ってそういや一大イベントだったよね、とかそういう懐かしさを感じます。

本作、「ぼくは落ち着きがない」は、とある高校の図書部員、望美と、図書部員たちの日々を淡々と綴った何気ない作品です。

特別な事件など何も起こらない。テストがあって、夏休みがあって、文化祭があって、春になれば3年生が卒業して、新1年生が入学してくる。そんな、ゆるゆるとした高校生活。多くの人にとっての高校生活が、実はそんな風に、何事も起こらないまま終わったように。

そんな何気ない日々でもやっぱり小さなドラマや出来事はあって、その一つ一つを、主人公望美は妙に冷静な距離感で観察していく。望美は本当に冷静で聡明な思考を、本書の中で繰り返しています。

事件が起こらないので起承転結もあるんだかないんだか、そんなつかみどころのない小説なのに文章は非常に読みやすい。いかにも高校生らしい、バカバカしくてほほえましいやり取りの様子を多く盛り込みながら、この後何か起こるのか…?と思って読み進めるうちに、何もないままに最後まで読み切れてしまう、それが作者の力量なのだろう、と思わされます。

また、本当に平穏なまま流れるように読めてしまうため気づきにくいですが、とても鋭い考察や指摘などが、何気なさを装った言葉で随所にちりばめられているように思います。

例えば…

あの会議のとき、ナス先輩は浩治の体に半分隠れていたけど、気配は濃厚だった。恋をしていることに気付いてしまった少年みたいだった。
・・・皆本当に実感したことはすぐにいわない。心にためて、助走をつけてそれから「いう」んだ

出典元:「ぼくは落ち着きがない」文庫版P.101

ほかにも、さりげなくそれでいて印象的な文章がたくさんあるのです。

そんな素敵な言葉を、文章を、一つ一つ見つけ出していくような楽しみ方も、この本にはあるように思います。

こういう、何気ない日々をただただ何気なく描いた作品というのは、ほかにもあって例えば似ているところだと…保坂和志の「プレーンソング」とか、もうまさにそうです。

万人受けする小説ではないと思うのです。何事も起こらないことに、退屈である、という感想を抱く人もいると思います。

でも、妙にハマる人もいる、と思います。

現役の高校生に、高校生を少し過ぎた大学生に、それから、高校生をずっと昔に過ぎてしまった大人に。この作品を「なんかよくわかんなかったけど、なんかよかった」みたいに思う人の手に、ぜひ届けばいいなぁと思うのです。

タイトルとURLをコピーしました