雑文

反納豆派の主張とこぼりさんの3000文字チャレンジについて

納豆は好きじゃないって、何回言わせれば分かるん。と、世の中の人につよく言いたいわけではないけれど、家族くらいにはちゃんと言いたい。

私は納豆が好きじゃないんだって。物心ついた時から好きじゃないんだって。というと、いまだに必ず、「生まれたときは食べたのに」と母親から言われるけれど断固否定します。

生まれたときには食べてない。絶対に食べてない。だって私は1歳過ぎまで母乳っ子なんでしょ、食べるわけないじゃんあんな母乳から相当遠いもの。

食べてたとしたらそれは1歳過ぎくらいの離乳食の頃で、そのことについても私は言いたい。

自主的に食べてたんじゃないの、食べさせられてたの。

誰にって、あなたにでしょー?!

おいしそうに食べてたのにって、それだって非常に主観的な感想で、だって私、多分その時おいしいなんて言ってないもの。

まだ味覚が完成してなかったのかもしれないし、基本的にいつも鼻が詰まっていたかもしれないし、そもそもあの主張の強い香りに対して幼いながらも顔をゆがめていたところ、年齢的要素(1歳)と遅くにできた一人娘に対する親の欲目からやたら喜んでいるように見えていただけっていう可能性だってある。

とにかく自我が芽生えたあたりから私は一貫して納豆が嫌いなのであって、それはもう全く揺らがぬ、芯の通った嫌いっぷりで、ここにこそ本当の私が表れているはず。

それを、記憶のないのをいいことに、昔は好きだった好きだったと暗示にかけようとする親の策略は浅はかすぎて残念ながら心には響かないのです。

 

そんな筋金入りの納豆嫌いの私の二人の息子が、筋金入りの納豆好きであるというのは皮肉な話です。どう考えたってこれは遺伝。夫側の。夫の納豆大好きっぷりがふたりの息子に見事に遺伝したとしか考えられない。

いえね、わかってたんですよ。納豆菌はね、繁殖力がすごいですから。納豆食べた日はチーズ作りはできないって、「銀の匙」にも出てきたもの。

私の納豆嫌いの遺伝子程度では、太刀打ちできないのは分かってました。分かってはいましたがここまで影響力が強いとは…

かくして納豆好き家庭からようやく嫁いだというのにまたも、家庭内納豆マイノリティに、結局私は甘んじています。

 

とりあえず私は納豆が好きじゃない、というかものすごく嫌いなので、基本的には納豆とは触れ合わない、視界に入れないようにして生きています。

つまりどういうことかというと、積極的には買わない、食卓には出さない、納豆に使った食器は洗わない、という生活をしています。

主婦なのに何それ、とか言われても別に私は反省はしませんからね。別にいいでしょう。嫌いなんだから。納豆に使った食器くらい夫が洗えばいいんですよ。主婦失格?知りませんよ。共働きですしね。自分のことは自分でするんですよ当たり前でしょう。

子供が納豆を食べたがったときも、基本的に私は食事介助からは遠のくことにしています。え?母親なのにひどいって?別にそんなことないですよ。何も食事を与えないなんて話じゃないんですよ、ただ、納豆を食べたかったらお父さんに言えって言ってるだけの話です。

帰りが遅い?早い時に食べればいいでしょう。別に毎日食べなくたってどうにもなりませんよ。私を見なさいよ。健康です。

だいたい、ものごころついた時から、一口も、一粒も食べたことないんですよ私は。納豆の扱い方もわからなければ味もわからないし、そんな人間に今更納豆をどうしろと。

そこに納豆好きがいるんですから、納豆好きは納豆好きどうし、仲良く納豆食べてればいいんですよ。それで食器を洗ってくれればいいんですよ。私は心穏やかに、納豆から切り離された生活を送りたいだけなのです。

母親なのにひどいって?だから知らないってそんなこと。そこに父親がいるでしょう納豆好きの。父親がやればいいでしょう納豆好きなんだから。こんなことくらいで母親失格いいわたされたらたまらないわけですよ。

子ども達は大好きな納豆を、その魅力を、美味しさを、母である私と共有し、語り合いたいらしいですけどね。

ムリなものはムリ。

子どもが心なしか淋しそうな顔をしているのを見ると、やや心が痛まないではないですが・・・そんなことくらいで納豆克服ができてれば今の今まで納豆嫌いを引きずってなんかいないのです。

納豆は栄養があるとかね、健康にいいとか、そんな理屈も山のように聞いてきましたけど、そんなの関係ないから。

もうね、「生理的に受け付けない」ってやつだから。政治家の〇〇さんとかね、どれほど素晴らしく高尚なことを言っていても生理的に受け付けない人っているでしょう。

それと同じです。

理由も理屈もない。ただ嫌いなの。

申し訳ないけどね、お母さんは納豆嫌いだから。あなた達とは違うから。

あのね、人は多様性を認めるってところから成長して行くものなのですよわが子よ。あなた達と私は違うから。お母さんはいつまでたってもどこまで行っても、あなた達のお母さんですけども、いつまでたっても納豆は嫌いなままだから。

そういう、分かり合えない人と人が、どうやってうまくやっていくかってのが人生なのですよ、わが子よ。家庭内でその初めての事例が訪れたってだけなのです。

ここらで一つ、大人の階段でも上りたまえよ長男よ。次男、君はまだいい。ご飯をちゃんと食べて大きくなりなさい。納豆以外もですよ。食べ過ぎると大豆アレルギーになりますよ。

ただ長男よ、君には6歳としてね、そのくらいは理解していただけると、お母さんとしては非常に先行き安心で、長年にわたる納豆嫌いにも意味があったというものです。

いいですか、長男よ、君の長い長いはずのこの先の人生、気の合う人ばかりではないのです。君の大好きなベイブレードが大嫌いな人もいるだろうし、テレビは最低だと言って一切見ない人すらいるのですよ。信じ難いかもしれませんがそらが世間というものです。

だからといって、それがその人の全てではないのです。あなたが好きなものを嫌いな人がイヤな人だと決めつけたり、逆に、あなたの大嫌いなものが大好きな人を、変な人だと言ってはいけないのです。

いいですか、お母さんは、納豆が大嫌いだけれど、納豆が大好きなあなたやあなたの弟やお父さんを、嫌いだなんて思ったことはないのです。

ただ、納豆とともに近づかないでくれと言っているだけなのです。いいですか、そこだけ分かってください。大切なところです。

いいですか、はっきり言いますよ。

お母さんは納豆は大嫌いなので、納豆まみれの君を、君達を、いつものように手放しで抱きしめることなどできない!

手を洗ってきなさい!口も拭いて!服がベトベト?早く着替えて!なんで頭にまでついてんのよお父さん!風呂に入れてきて!

にやにやしながらこっちこないの!いつも言ってるでしょう?人の嫌がることをわざとする子はイヤな子です!

これは愛の問題ではない!私は納豆が嫌いなの!隔離されて生きていたいの!わざわざそんなことする子は大っ嫌いです!

と、つい口走りたくなるのをぐっと堪えて、私は今日も家庭内納豆マイノリティーとして慎ましく生きています。

私は納豆が好きではないって、何回も何回も言っても分からないのは家族、というか我が子ばかりです。もうね、ほんと、いつまで続くのかなぁ、と長男の横で同じく納豆にまみれた次男を横目に見ながら思います。

どうせ、ねぇ?君も兄と同じことするんでしょ…イヤだ〜と言って仰け反る母が面白くてね…

で、平穏な日常が戻る頃には2人とも喋らなくなっちゃったりなんかして、あーあ、男の子兄弟の母親なんてきっとそんなものよね、と、ちょっとだけしんみり思ったりする、そんな日常です。

 

 

以上、本編はここまでです。長々とありがとうございました。

突然とりとめもなく長文なのは、今回の記事はこぼりさんの#3000文字納豆企画に参加するためのものだからです。3000文字にするために伸ばしてるんです。あはは〜

以下、せっかくなので思うところを書きます。

現在、色々ありましてこのブログを運営しておりますが、本格的にブログ運営するにあたり、封印した、というかせざるを得なかったものがあります。それは何か。

私の文章です。

と、言うほど文才があるわけでもありませんが、それでもあったんです。私の好きな、私の文章が。

私はもともと、昔懐かしミクシィ(放置してたら謎のレイバンに乗っ取られたのでアカウント削除)や、その後はFacebookで、日常のネタを徒然なるままに書いては公開するのが好きでした。

だらだらと続く長文を書くクセがありましたが、友人ならくすっと笑ってくれそうなネタを公開しては、ささやかにいいね!などをもらうのが好きでした。

だから私は、ふつうに、ブログもかけると思ったんですけどね。

色々思うところがあり、現在はこのブログを運営するにあたり…ブログの基礎について調べました。学びました。

キーワード、タイトル付け、結論先出し、小見出しつける、センテンスは短く…

SEO、SEO、SEOですよ。

その重要性は今ではちゃんと分かっているつもりです。読んでもらいたいのは友人ではない。だから見つけてもらわなければならない。そのためのSEO。

それなりにちゃんと頑張ったつもりだし、これからも頑張る所存です。

ですが時々、なんや疲れたわ、てなるときもありましてね。

なんや疲れたわ、ただただ適当な文章書きたいわ、前みたいな、内容なんてさしてないけどただテンポでだけで続いていくような。

そんな中こぼりさんの3000文字チャレンジが始まりました。第1回は逃しましたが、第2回の今回、これは書こう、参加しよう、と思いました。

3000文字あればいいんでしょー?簡単にかけるわ、と思いましたね。そのくらい書いてたもんね、と。

いやー…キツかったですね…

びっくりしました。書けなくなってて。

以前、だらだらと垂れ流していたような、いわゆる駄文?が、本当に書けなくなっててびっくりしました。まじかよって思いました。

ショックでしたね。結構。

内輪ネタではあったけど、割と友人に好評だった文章が。私の文章が。

書いてないと、書けなくなるんだなぁって。

ブログは続けるつもりです。世の中に見つけてもらうために、SEOは大事です。ウェブライティングと言うんですか?ブログの文章は、その方がいいんですよね、今後も精進する所存です。

でもね、私はもともと、本が好きで。活字中毒で。おそらくそれが高じて、文章を書くのが好きでした。自分の文章も結構好きでした。自分の好きなリズムで書くので当たり前ですけどね。

ネタなんだかオチがあるんだかないんだかといった文章でしたが、ときに「おもしろかった」とか「シュールでよかった」とかいわれると嬉しくてにやにやしていたわけです。

それをちょっと思いだそうと思って参加しました。

言い訳になりますが、思っていた以上にかけなかったのが残念です。が、致し方ない、現在の実力ということでしょう。

さて、この記事をどうしよう、と、ちょっと思うわけです。あまりに普段の記事と違いが大きいです。なので、ちょっとだけ後ろの方に隠しておこうと思います。おそらく検索では引っかからないですしね。

こういう記事あるとSEO的によくないんだっけ?no indexとかにすべきなんでしたっけ?よくわからないので後で考えます。でも消さない・・・とは思います。

この企画は今後も続くそうです。私はお題によって参加したりしなかったり・・・だろうと思いますが、たまにはいいでしょう。だって私は元々、こういうだらだらした文章を書くのが好きなのだから。

この企画であれば、かなりの徒然っぷりでも問題ないだろう、だってそういう企画なのだから。

願わくばもっと文章がうまくなって、見知らぬ皆様にも時々くすっと笑ってもらえるようになりたいものです。

それでは。

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