雑文

【3000文字チャレンジ】雑草転生に備える

※この記事は、3000文字チャレンジという企画参加用のものです。ほかの通常の記事とは全く異なり、以下、特にためにならないだらだらとした文章が延々と続きます。ご承知おきください。

 

日々真面目に生きているつもりだけれど、ある日考えの読めない神様がやってきて、

君、明日から雑草ねー

と言われる可能性はどれくらいだろう、と考えた。
ほとんどないだろうけれど。本当に100パーセントだと確信が持てるだろうか。

 

私の息子は魔法使いのコスプレをした途端、実の父親をミミズに変える魔法をかけた。当時4歳。

もちろん父親はミミズにはならなかったが、息子が自分に望むものがミミズへの変幻だと突きつけられた彼はそれなりにショックを受けていた。

私?私は笑い転げていたけれど。
私とあなたの子供は順調に、おかしな感じで成長していて先行きが楽しみです。

 

さて神様は本当にいるかいないか知らないけれど、万が一、明日雑草になれと呪文をかけられたときに慌てふためかないよう、シュミレーションくらいはしておいた方がいいのではないか。

やはり心の準備があるのとないのとでは違いが大きいだろう。
たとえ雑草にされるにしても、ブラックな環境に苦しむよりはホワイト雑草になれるよううまく立ち回るべきである。

よくよく観察してみれば、雑草界だってかなりの格差社会である。
どこに身を置くか、何になるか、というのをあらかじめ考えておいた方がいいだろう。

 

自分が何になりたいか、どこで働きたいか、は、転職活動において、きっちり把握していないと露頭に迷う。

同様に、どんな草になりたいか、どこに生えたいか、は、雑草転生においてとても重要な事項である。たとえ意に添わぬ転生だったとしても…その後の雑草生活が少しでも有意義に送れるよう、日頃から意識して置くことが肝要であろう。

 

人からの雑草転生を考えるに一番重要なことは…雑草は歩けない、ということだと思う。
ここがまず、人間である今と雑草との一番大きな違いではないか。

もちろん、人間と雑草は違いが大きすぎて比べることは困難であるが…雑草は人と違って、喋れないとか食べられないとか光合成できるとか、様々な違いの中でやはり圧倒的に、歩けない、移動できないというのは、生活の質に直結すると思われる。

つまり、より良い場所を求めて移動するという能動的活動はほぼ封じられているということだ。

せいぜい、明るい方に顔(?)を向けるとか、光を求めて手(?)を伸ばすとか、ただの草である雑草に出来ることなどその程度である。

また、何か外的な攻撃を加えられた場合にも、雑草は基本的に反撃することはできない。刈られようとも抜かれようとも無抵抗で従わざるを得ず、非常に非力な存在である。

 

移動できない以上、生まれ落ちた場所が世界の全てになる。
神様の罰にしろ気まぐれにしろ一方的に雑草にされるのであれば、せめて生きる場所の希望は叶えていただきたい旨、交渉すべきだ。

外的な気象の影響、人間をはじめとする他の動く生命体からの影響、根をはる家というか地面の影響をよく考え、自分にとってベストな土地を選びたい。

雑草が生きていける場所はかなり多岐にわたる。雑草は非常に非力な存在ではあるが、しぶとく逞しい。

ほとんど土など無いであろうコンクリートのひびやタイルの隙間からでも、雑草はグイグイ出てくる。どこででも生きていける。雑草の強みである。

しかし雑草の多くが、基本的には除草の対象であることを忘れてはならない。どこでも生きていける自分の能力を過信し過ぎて都会のど真ん中に根をはると、ほとんどの場合は刈られるかむしられるかしてしまう。

やはり、ある程度自然の多い、いち雑草が雑草として目立たない場所の方が生きやすいだろう。
木を隠すなら森の中。人は人ごみに紛れ、雑草は原っぱの片隅に生きるのが楽だろうと思う。

1つ心配な点は、都会育ちの人間である私は実は、淋しくて田舎に暮らせない。これは人間時代に実証済みである。人である時でさえそうなのだから、雑草になって人気のない山里にでも飛ばされたら強烈なホームシックにかかるのではないか。

しかも雑草はうごけない。帰りたくても帰りたくてもどこにもうごけない日々に、とても耐えられそうにない。
やはり、それなりに賑やかな場所のそばで暮らしたいと思う。たとえ雑草であっても。

 

もう一つ懸念事項がある。家族はどうなるのだという問題だ。
夫はおそらく、あとを追って自らも雑草に志願…はしないだろうなと思う。まあそれはいい。致し方あるまい。

夫婦は所詮他人だしな、さすがにそこまでは要求できない。

ただ子供はどうだろう。もしかしたらあとを追ってきてしまうかもしれない。

子供達の将来を考えると、後追い雑草となるより人間でいた方がいいだろうな、歩けるし、と思うが、なにぶん、意図の読めない神様は何をするかわからない。一瞬の隙をついて子供達も雑草に変えられてしまうかもしれない。

その際はもちろん。親として全力の抵抗をするつもりだが、やはり、抗議が届かない場合のことも多少は考えておくべきであろう。

子供達ともに雑草セカンドライフを送るにあたり、やはり私はある程度の都会に行きたいが…忘れてはならない。

どうしても都会の方が、除草リスクは高いのである。
大事な子供達をみすみす高リスクに晒すわけにはいかない。

私が子どもと共に雑草に転生した場合、夫とは離婚になるのか失踪になるのかはよくわからないが、おそらく都心に住み続ける夫の元からは遠く離れた、環境のいい原っぱに住めるよう神様にはお願いする予定だ。

とりあえずは別居、ということになる。

 

転生先の雑草の種類については、実はさほど迷わずに決まっている。

神様にはとりあえず、それなりに立派なタンポポにしてはしい旨を伝える所存である。

タンポポは黄色いかわいい花が咲き、綿毛も飛ばし、しかも丈はそれほど高くない。都心の片隅でも、原っぱでも、踏まれるかもしれないがそこまで邪険に扱われないのではないかと考えている。

タンポポの花や綿毛が好きな子どもも多いし、私もそうだったように、結構みんな好意的だ。都心の片隅でも、場所さえ選べば一網打尽に引き抜かれるリスクも少ないのではないだろうか。

同じキク科でも、ハルジオンやヒメジオンだと、邪険にされる可能性が高い。

やはり愛され雑草の筆頭はタンポポに決まりだ。

しかもタンポポは多年草である。地面にへばりつくようにして冬を越せる。これは非常に大事なポイントである。

雑草変えられましたー、冬になりましたー、枯れましたー、ではあまりにひどい。

冬を越えて生き続けられる存在にせめてなりたいと思う。ほかにも冬越しができる雑草はいくつもあるが・・・やはり知名度と愛らしさは、タンポポがダントツである。

 

以上、総合的に考えると、私1人だけが雑草に変えられるのであれば、幼稚園か保育園が小学校、ようは子供のいる設備の中庭あたりに、いい色をしたタンポポとして転生したい旨を神様に伝える。
もしも家族も一緒にということであれば、場所は自然の多く残る地域の空き地などにお願いしたいと伝える。やはりできればタンポポで。

 

おそらく私が、明日から雑草ねー、と神様に命じられることはほぼないだろうが…こうして心を決めておけばその万が一に備えておくことができる。

ほとんどありえないことに心の備えを作ることはまるで無駄ではないか馬鹿らしいと思われるかもしれないが・・・まぁ、それはその通りだ。ほとんど意味はない。意味はない、が。

 

このように埒もないことを延々と考えてみたのは久しぶりだが…思えば学生時代なんて、基本的には無駄なことをいつもいつも考えて生きていた。
友達とむやみに長電話をしてみたり、夜通しだべったりして時間をすごし…大変無駄な、そして贅沢な時間をすごしていたと思う。

就職して仕事に追われ、結婚して子供が生まれ、ひたすら時間に追われるがあまり、無駄なことをどころか必要なことさえじっくり考えることのできない日々に、私は少なからず不満を持っている。

必要なことを考える。これは当然である。

では、無駄なことを考えるというのは何なのか・・・というと、つまりは娯楽だよな、と思う。

考えることは楽しい。そう、楽しいこと。特に、無駄なことであればあるほど!

無駄なことを考えるというのはおそらく人間の特権であって進化の証・・・その証をないがしろにしすぎているのではないか私は・・・と、年末の業務に追われすぎている私は内省する。

もっと、もっと無駄なことを全力で考えたい!人間として、その知性と余裕の発露として!と、また違った方向へ無駄な思考が広がりそうになっているところで、頭の冷静な部分ではちゃんとわかっている。

これまた人間特有の、脳内現実逃避ってやつだよな、と。私疲れてるんだよなぁぁ!

さぁ、本年も残りあとわずか。積み重なる残務処理を、お正月休みと楽しく無駄な妄想を糧に頑張ります。はい。

 

 

以上、本編はここまでです。長々とありがとうございました。

こぼりさんの#3000文字チャレンジ、今回のお題は「雑草」でした。・・・相当きつかったです。。。

行き詰まって途中、全面改稿して結局こんな感じになりました。相変わらず、全く意味にない内容で申し訳ありません。精進致します。

それでは!

 

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